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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)2534号 判決 1989年9月14日

控訴人(亡大久保創一訴訟承継人)

大久保壽子

控訴人(亡大久保創一訴訟承継人)

大久保洋一

控訴人(亡大久保創一訴訟承継人)

中井京子

右控訴人ら三名訴訟代理人弁護士

吉原稔

被控訴人

松本敏

右訴訟代理人弁護士

國松治一

姫野敬輔

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人大久保壽子は被控訴人に対し、金四二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人大久保壽子及び同大久保洋一は被控訴人に対し、各自、金二一万二五〇〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人大久保壽子及び同中井京子は被控訴人に対し、各自、金二一万二五〇〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人らの連帯負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、それを引用する(ただし、原判決三枚目裏二行目の「下小川二二四八番地」を「大字下小川字本二二四八番七宅地661.44平方メートル」に改める。)。

一  控訴人の主張

1  ヒマラヤ杉の伐採は不法行為を構成しない。

原判決は、被控訴人所有の本件土地内に植えられていた被控訴人所有のヒマラヤ杉三本(以下「本件ヒマラヤ杉」という。)を控訴人壽子が伐採した行為(以下「本件伐採行為」という。)を不法行為と評価している。しかし、本件ヒマラヤ杉のうちの一本は、本件土地のほぼ東側に隣接している控訴人壽子経営の旅館「ことぶき」(以下「旅館『ことぶき』」という。)の建物に境界を越えて覆いかぶさってきていたのであるから、控訴人壽子は、民法二三三条一項により被控訴人に対してその伐採を要求する権利を有していたものであり、また、他の二本は、公道上にはみ出して旅館「ことぶき」の看板を見えにくくし、かつ、人や車両の通行を妨害していたので、これについても控訴人壽子及び公道管理者は被控訴人に対してその伐採を要求し得たのであるから、控訴人壽子が本件伐採行為をしたのは自救行為というべきであり、したがって、不法行為を構成するものではない。

2  被控訴人には、本件ヒマラヤ杉の原状回復請求権はなく、そのための費用は、被控訴人の損害ということはできない。

(一) 本件ヒマラヤ杉は、別荘の庭木としては不相応に大きくなっており、いずれ伐採されるべき運命にあったのであり、しかも、前述のとおり、旅館「ことぶき」の障害となり、公道にはみ出して車両等の通行の妨害となっていたことからすると、被控訴人には本件ヒマラヤ杉の原状回復請求権はなく、苗木が若干成長した程度のものを植栽すれば原状回復としては十分である。

(二) 本件土地は、被控訴人から株式会社三王に売却され、平成元年六月二六日その旨の所有権移転登記が経由された。そして、被控訴人が本件ヒマラヤ杉の原状回復費用を損害として請求することができるのは、被控訴人が本件土地の所有者である場合に限られ、事実審の口頭弁論終結までにこれを失った場合には、原状回復費用を伐採によって生じた損害ということはできない。

3  原判決は、被控訴人の過失割合を二割とみるが、被控訴人が過去に本件土地の管理をほとんど行っていなかったこと及び被控訴人が本件土地の管理を任せていた谷正太郎が、控訴人壽子の問い合わせに対し、本件伐採行為を承諾するかのごとき返答をしたことを併せ考えると、被控訴人の過失は五割を越えるものというべきである。

二  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人の主張1について

境界からはみ出た枝のせん(剪)除については控訴人が主張するとおりであるとしても、そのような事情は、木本体の伐採を正当化するものではない。

2(一)  控訴人の主張2(一)について

控訴人は、本件ヒマラヤ杉はいずれ伐採される運命にあり、苗木が若干成長した程度のものを植栽すれば十分であるなどというが、これは控訴人の主観的な意見にすぎず、原状回復費用を損害とすることを否定する根拠となるものではない。また、枝が境界を越えていたとの点については、そのような結果とならないヒマラヤ杉を選定すればよいだけであり、元の位置に同程度の樹齢のものを植え直すことを否定すべき理由とはならない。

(二)  控訴人の主張2(二)について

(1) 被控訴人が本件土地を株式会社三王に売却し、平成元年六月二六日にその旨の所有権移転登記手続を経由したことは認める。しかし、被控訴人が本件土地を手放した理由は、本件ヒマラヤ杉と同程度の樹齢のものを改めて植栽するには、その入手及び植栽作業に多大の費用を要するためその実施が困難であり、また、自分の年齢を考えると若い樹齢のものを植えてその成長を待つこともできないので、本件ヒマラヤ杉があることを魅力としていた本件土地に対する執着を失ったからである。また、本件土地を訪れると、控訴人らとも顔を合わせざるを得ないのでこれも被控訴人としては耐えられないことであった。このように、被控訴人が本件土地を売却したのはこの不法行為が原因となっているのであるから、その控訴人壽子が、被控訴人は本件土地所有権を失ったから本件ヒマラヤ杉の原状回復請求権はないなどと主張することは許されない。

(2) 不法行為による損害賠償額算定の基準時は不法行為時であるから、その後被控訴人が本件土地を売却しても、控訴人らが負担すべき損害賠償額は変動しない。

3  被控訴人の過失は、仮にあるとしても、僅かなものである。

第三  証拠<省略>

理由

一当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、その一部を認容し、その余を棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか原決定理由説示と同一であるから、それをここに引用する。

1  原判決七枚目裏四行目の「請求原因」から同一〇枚目表四行目末尾までを次のとおり改める。

「損害額について

(一)  本件伐採行為以前の状況

<証拠>によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 被控訴人は、昭和四〇年に本件土地を別荘地として購入し、その年のうちに建物を建築するとともに、当時樹齢一〇年程度であったヒマラヤ杉数本を植栽したが、被控訴人が本件土地に建物を建築するのと相前後して、控訴人壽子及び亡夫大久保創一(以下「控訴人壽子夫婦」という。)はその東側隣接土地で旅館営業を開始した。

(2) 被控訴人は、当初は年に数回以上肩書住所地から本件土地を訪れていたけれども、昭和五六年ころからは利用頻度が減少し、昭和五八年ころにはその売却を考えるようになり、本件土地の入口門扉に「売地」と朱書し、連絡先として被控訴人の知人で本件土地近くに居住している谷正太郎方の電話番号を記載した表示板を出した。

(3) 昭和六〇年七月当時、本件土地内には本件ヒマラヤ杉も含めて六本のヒマラヤ杉と相当多数の松その他の樹木が植栽されていたが、被控訴人は、定期的に造園業者に手入れをさせるということはせず、被控訴人が夏期に利用する際に自分で枝を落とす程度であった。そして、本件ヒマラヤ杉は根元の幹の太さが三〇ないし三五センチメートルある樹齢約三〇年の木であるにもかかわらず、その植栽位置は、旅館「ことぶき」に最も近く植えられていたヒマラヤ杉(以下「甲ヒマラヤ杉」という。)は旅館「ことぶき」方と本件土地との境界線から約1.7メートル、公道側フェンスから約0.8メートルしか離れていなかったし、他の二本のヒマラヤ杉(以下「乙、丙ヒマラヤ杉」という。)も公道側フェンスから約0.45ないし0.7メートルしか離れていなかった。また、本件土地内の右境界線付近には数本の松等が植えられているが、これらも枝払いされず、境界線を越えて旅館「ことぶき」方に入り込み、その松葉が同旅館の建物の桶に詰ったりしていた。

(4) 旅館「ことぶき」には、その公道側に旅館の看板が設置されていたが、本件ヒマラヤ杉三本の枝が公道上まで張り出していたため、公道を西方から来る者からは右看板がほとんど見えない状態であったし、また、同旅館建物の西側の窓の採光は、甲ヒマラヤ杉及び境界線付近の松により著しく妨げられていた。そのため控訴人壽子夫婦は、本件伐採行為の数年前に、被控訴人に対して本件ヒマラヤ杉の枝のせん定をするよう申し入れたことがあり、その際は被控訴人も運転手と来て自ら枝のせん定をしたことがあるけれども、その後本件土地を訪れる頻度も減少したため、自然に任せ、半ば放置するような状態となっていた。

(5) 本件土地の公道側のフェンスは、本件伐採行為をする以前から一部破損していたし、夏期にはフェンスに雑草が絡みつき、フェンスを越えて公道上に延びることもあった。

(二) 原状回復費用相当額の賠償請求について

(1)  控訴人は、原状回復費用を損害額として請求しているが、前記(一)の(3)、(4)において認定した事実によれば、甲ヒマラヤ杉はその枝が境界線を越えて旅館「ことぶき」方まで伸び、旅館の看板を公道から見えにくくし、同旅館西側窓の採光を著しく阻害しており、また、乙、丙ヒマラヤ杉も公道上に枝がはみ出して西側公道上から旅館の看板を発見することを困難にしていたのであり、かつ、被控訴人は道路沿いに本件ヒマラヤ杉を植栽しておきながら、控訴人壽子夫婦が被っている前記被害を積極的に除去する努力をした様子も窺われないことからすると、被控訴人は、控訴人壽子らに対する関係では、本件ヒマラヤ杉を元の位置に植え直す権利、すなわち原状回復請求権を有しないと認めるのが相当である。したがって、本件ヒマラヤ杉の原状回復費用は、本件伐採行為と相当因果関係にある損害ということはできず、被控訴人は控訴人らに対して本件ヒマラヤ杉そのものの交換価値の賠償を請求しるうにとどまるものというべきである。

(2)  被控訴人は、枝が境界を越えないように注意しさえすれば、元の位置に本件ヒマラヤ杉と同程度の樹齢の木を植栽することは妨げられない旨主張するが、被控訴人の従前の管理状況からみる限り、木の成長とともに将来再び同様の問題を生じさせるおそれは多分に存すると推認できるから、被控訴人の右主張は採用できない。

(三)  各損害項目について

(1) 本件ヒマラヤ杉自体の価格について

<証拠>によれば、本件ヒマラヤ杉の価格は一本金五〇万円で合計金一五〇万円であることが認められる。原審における控訴人壽子本人の尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一号証によれば、造園業者が控訴人壽子に対してヒマラヤ杉一本金一二万円との見積書を提出していることが認められるが、原審における控訴人壽子本人尋問の結果によれば、右見積書は、造園業者に本件ヒマラヤ杉の樹齢を特定してその価格の見積りをさせたものではないことが認められるから、右見積書の記載内容は、前記認定の妨げとなるものではない。

(2) フェンス修復費用の賠償請求について

前記甲第二号証には、フェンス直しの費用として一万五〇〇〇円を計上しているが、前記(一)(5)において認定したとおり、本件土地の公道側のフェンスは本件伐採行為以前から破損していたことが認められるから、右費用を損害として認めることできない。

(3) 慰謝料請求について

被控訴人は本件不法行為により精神的損害を被ったと主張しているが、本件のように物的被害を被ったに過ぎない場合には、特段の事情のない限り、財産的損害の賠償により精神的苦痛も慰謝されると解されるところ、本件において右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(4) そうすると、本件伐採行為により被控訴人が被った損害は、弁護士費用を除き金一五〇万円となる。」

2  原判決一一枚目表八行目の「前掲」から同裏五行目末尾までを次のとおり改める。

「控訴人壽子夫婦が本件ヒマラヤ杉を伐採するについては、前記1の(一)の(3)ないし(5)において認定したとおりの事情があったのであり、したがって、被控訴人としては、旅館「ことぶき」との境界線付近及び公道との境界付近に多くの樹木を植栽していたのであるから、専門家による定期的な手入れ又は管理をするべきであったにもかかわらず、それをするでもなく、いわば荒れるに任せていたとも評し得るような状態で半ば放置していたのであって、そのため、本件土地の隣接地に常時居住し、かつ、客商売を営んでいる控訴人壽子夫婦が被った被害も無視し得ないものがあったと推認することができる。すなわち、被控訴人が専門家による定期的な手入れのための僅かな費用を惜しんで右放置をしたことが控訴人壽子夫婦のした本件伐採行為の遠因をなし、かつ、誘発したともいえるのであって、換言すれば、右放置がなければ本件不法行為は発しなかったであろうし、また、控訴人壽子夫婦としても、アルバイトを雇ってまで、本件伐採行為を敢えてする必要性は生じなかったともいえるのであるから、被控訴人の右放置の責任は決して小さくはないというべきである。これらの事情を総合して勘案すれば、被控訴人の過失割合は、これを五割と認めるのが相当である。」

3  原判決一一枚目裏七行目の「一九一万一〇〇〇円」を「金一五〇万円」に、同八行目の「二割」を「五割」に、同行の「一五二万八八〇〇円」を「金七五万円」に、同末行の「一五」を「金一〇」に、同一二枚目表三行目の「一六七万八八〇〇円」を「八五万円」に、同一〇行目の「四一万九七〇〇円」を「二一万二五〇〇円」にそれぞれ改める。

4  控訴人の当審における主張について

控訴人らは、本件ヒマラヤ杉の伐採は自救行為に該当する旨主張する。しかし、本件ヒマラヤ杉の枝が境界を越えて伸びており、そのため本件建物の看板が見えにくくなり、あるいは車両等の通行の妨害となっていたとしても、控訴人らがなし得るのは枝のせん除にとどまり、木そのものを伐採することは許されない。控訴人らの右主張は理由がない。

二よって、被控訴人の本訴請求は、不法行為による損害賠償として、控訴人壽子に対し金四二万五〇〇〇円、控訴人壽子及び同大久保洋一に対し各自金二一万二五〇〇円、控訴人壽子及び同中井京子に対し各自金二一万二五〇〇円並びに右各金員に対する本件伐採行為の後である昭和六〇年七月一六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却すべきところ、原判決は一部結論を異にするからこれを変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官日野原昌 裁判官大須賀欣一 裁判官加藤誠)

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